YOSHITADA IHARA'S ART MUSEUM 井原良忠のEARTH WORK

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マザー・ラブと呼吸する彫刻

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コケは4億年前に陸に生れた最初の植物です。荒涼たる原野に海からたどり着いた小さな命でした。大地を育む大いなる役割を担いました。 ‘地球の表皮’とさえ言われるその姿は健気な感じだったに違いありません。

仏語では、コケを女性名詞で‘ラ・ムース’(la mousse)と表記されます。生態系の基盤材の役割として‘マザー・ラブ’とも‘大地の母’とも言われます。彫刻家の私としては、マリアさまか観音様のように観えてくるだけに、自然にそんなコケを作品に取り込みたくなりました。「呼吸する彫刻」の始まりです………。生き物である限りニンゲンの思うようには育ってくれません。試行錯誤の日々を繰り返しながら、やがて彫刻の躯体はコケが適応しやすいような構造をつくる事ができました。躯体と一体化したコケは、時としてその素材がコケに覆われたり、あるいは茶色く変化をしました。まるで増殖衰退のドラマを見るようでした。後々に気がついたのですが、それは全てコケの生理現象に尽きる事でした。自然の摂理に反しない基盤づくりと、種の選択が要でした。

いよいよこの貴重な経験をもとに、コケ彫刻の露出活動をはじめました。所属している米国組織・国際彫刻センターに登録しました。やがて彫刻作品として認知されました。ホームページの検索エンジンに「moss」=コケと入力すると、瞬時に井原良忠が閲覧できるようになりました。世界で登録者は私一人で、未踏峰に立つ喜びでいっぱいでした。数年後には、フランス人、カナダ人が続き、新しいコケ芸術が広まるに違いないと思いました。しかしコケ作家が増える気配はなく国内でも認知される事もなく時が過ぎました。

やがてジャンルを飛び越えて2000年の淡路花博覧会へ重さ300kgの作品「Originの樹」を出展しました。終了後は、加古川・明石・大阪各市の公開空地とか、NHK大阪新放送会館前の広場で巡回展をしました。その後、某美術大学でも卒業制作にコケを扱う学生が現れてきました。若い世代にもコケが認知され始めたのでしょうか?

現在、巡回展も終わり「Originの樹」は加古川市本町商店街(旧西国街道)沿いに面したオープンスタジオで、エコロジカルな点景として常設展示をしています。自然の生態系が崩れ、人の心も危うい昨今、あのマザー・ラブの優しさが作品に命と道行く人へ癒しのひと時を創出しています……。